ミネアポリススカイウェイシステム
produced by eiji tanaka in 1988
1.背景

 ダウンタウン内の建物の2階レベルに歩行者空間ネットワークを造ろうというスカイウェイシステムは、大きな観点から見ると現在の経済社会の発展に必要不可欠であった車社会に対する歩行者の挑戦であるとも言える。この案が初めて出現したのは、37万人の人口を持っているアメリカ、ミネソタ州ミネアポリス市のダウンタウンで実施されたニコレットモールの再開発である。1950年代は自動車の激増した時代であり、この街のニコレット街もその煽りを受け、この通りの交通渋滞は激しくなり、また、交通量は1日に 12,000台にも達している。これに並行して、ダウンタウン内の駐車場不足も深刻な問題として浮かび上がり、交通量の80%は通過交通という結果を生み出した。歩行者にとって、この交通量の増加は危険の何物でもなく、人間が本能的に行動することのできる地上レベルでの歩行活動は自動車に奪われた格好になった。こういう状況の中で、ダウンタウンにある大きな会社は郊外に移転するようになり、それに伴って大きなショッピングセンターも移転し始め、ダウンタウンは益々活気を失っていったのである。こういった問題の解決策として考え出されたものがスカイウェイシステム構想である。このスカイウェイシステム構想は、車社会を全面的には否定せずに、建物の2階レベルに歩行者専用空間ネットワークを造ることによりダウンタウンの上下レベルで歩車分離を図り、ダウンタウンに再び人口を呼び戻そうとするものである。スカイウェイシステム構想の概念は1959年にミネアポリス市都市計画部で「中心地区計画1959−60」として構想が作られた。これに書かれている重要な点は次の3点である。

  @ダウンタウンをコンパクトにすること
  A周辺駐車場を整備することにより、大量大衆輸送機関の利用を促進させること
  Bスカイウェイシステムにより歩車分離を図ること

 その後に「メトロセンター1985」と「ミネアポリスメトロセンター1990」でも計画が一部修正されながら提示された。

 スカイウェイシステムの中で一番大きな構成要素は、やはり、道路上を跨ぐブリッジの建設であり、これを抜きにしてスカイウェイシステムを語ることはできない。ブリッジを造ることに関する技術的な問題についてはそれほど難しいことではない。しかし、問題となるのは建設される前の構想どおりにうまく物事が運ぶだろうかということである。当時、この構想に対する懸念の中には2階レベルでの歩行者ネットワークを形成することによって一階レベルでの建物の賃貸価格が下がるのではないかという不安であった。初めての試みというのは常にこのような不安が生ずるものである。1962年に3つのブリッジが建設され、直ちに、建設後のデータは建設前の不安な予想に反して非常に有益であることが実証され、それ以来ブリッジ建設は急速に進むことになる。表−1に1981年時点での1982年までの建設状況と予定を示す。

 
 建設年次  建     設     位     置
1962

Northwestern Bank Building and Cargill Building
Roanoke Building and Cargill Building
Farmers & Mechanics Savings Bank and J.C.Penney

1964 Minnesota Federal Savings Bank and First Minneapolis
1969

Curtis Hotel and Parking Ramp
Farmers & Mechanics Savings Bank and First Minneapolis
Dayton's and LaSalle Court

1973

IDS Center and Donaldson's
IDS Center and Dayton's
IDS Center Baker Center
IDS Center and MIdwest Federal Plaza Building

1974 Twin City Federal and Baker Center
1976

Donaldsons and Syndicate Building
J.C.Penney and Powers Department Store

1977 Orchestra Hall and Municipal Parking Ramp
1980

Lumber Exchange and Midtown Parking Ramp
Minneapolis Technical Institute and MTI Parking Ramp
Minneapolis Community College and Minneapolis Technical Institute

1981

Northwestern Bell Telephone Company and Midland Bank Buidings
First National Bank of Minneapolis and Northwestern Bell Telephone Company
First National Bank of Minneapolis and Pillsbury Center

1982

Lumber Exchange and Chamber of Commerce Buiding
Minneapolis Star and Tribune Buildings
Pillsbury Center and Hennepin County Govermment Center
Government Center and Municipal Parking Ramp
Municipal Parking Ramp and Lutheran Brotherhood
Midland Bank Building and Midland Square Office Building
Midland Square Office Building and Galaxy Building
Galaxy Building and The Crossings
The Crossings and 100 Washington Square
100 Washington Square and the Churchill Apartments
The Crossings and Northwestern Operations Center
Northwestern Operations Center and Municipal Parking Ramp

 

2.歴史的地区におけるスカイウェイ

 (1)計画の変遷

 ミネアポリスのスカイウェイの建設は四分の一世紀の間続けられた。1962年に初めてスカイウェイが建設されることになるが、それはマーケット大通りと第7通りとの地区で周辺の建物と結ばれたものである。その当時は、システムと言えるものではなく、最終的なスカイウェイシステムのほんの一部分にしかすぎなかった。システムとして明かになってきたのは、1972年に完成したIDSセンターの建設からである。建設は市の計画として30年もの間位置づけられていた周辺駐車場と結ばれ、1983年と84年に事務所と商業地区とが最終的につながったのである。
 1968年頃に、スカイウェイについての一般的な計画が公開された。最初のスカイウェイ計画は1970年3月に市の都市計画部によって許可された「メトロセンター1985」計画の一部であった。その計画はダウンタウンの周辺駐車場の周辺に位置づけられスカイウェイによって中心部に結ばれている。
 歴史的ウエアーハウス地区においてスカイウェイは北第一大通りの第七通りとワシントン大通りとの間で結ばれた。交差している部分は、第五と第六通りの部分と第三と第四通りの部分である(図−1)。また、そのスカイウェイは、ヘネピン大通りを横切り第五と第六通りの部分で結ばれている。当初の計画では、1973年から1977年の間に建設されることになっていた。
 「メトロセンター1985」計画の後、市のスカイウェイ計画は新しい建物の計画とシステムの拡大のため修正され、1973年1月、スカイウェイのパンフレットが1970年計画と同じ設定で市の都市計画部から出版されている。しかし、同じ設定であっても第三通り駐車場の広さは拡大され、ヘネピン大通り寄りに北第二大通りを横断している(図−2)。
 1978年までにスカイウェイ計画はウエアーハウス地区において大規模に修正される。計画は北第一大通りを第五と第六通りの一ヶ所だけ横切るように変更されてはいるものの、このルートはそれ以前の計画をさらに向上させている。第六と第七通りの間のところで、現在、ブロックEと言われている第七通り駐車場へ結ばれ、当初のプランに追加されている。また、この時点での計画ではスカイウェイシステムが、ミシシッピー川の方向にも拡大された。その後1982年1月に、市都市計画部は「ミネアポリススカイウェイシステム」という報告書を発行した。この報告書ではウエアーハウス地区においては、1978年のものと同様のルートであるがワシントン大通りの方はかなり拡大され、北第一大通りを越してヘネピン大通りの西側に結ばれている(図−4)。また、1985年5月には、図−5のように他のスカイウェイシステム計画が市都市計画部から許可され、1982年のものと比べると多少ルートの変更が見られる。

 (2)計画中のガイドラインとスカイウェイ計画

 1987年2月、歴史的遺産保存委員会はスカイウェイを建設するためのガイドラインとその基準を作成している。その後、何度も検討され修正が加えられて、歴史的な建物と歴史的な地域でのスカイウェイ建設に関するガイドラインが作成された。この基準とガイドラインに加えて市は建設計画予定図を作成している(図−6)。この計画によると、ヘネピン大通りの西側のウエアーハウス地区の中の第十大通りとワシントン大通りの間でスカイウェイが申請されたものについて許可されることになる。この図によると北第一大通りを跨ぐ4つの交差が計画されている。その内の2つについては歴史的ウエアーハウス地区にあり、他の2つについてはその外側に計画されている。この頃から、それまで全て民間によって建設されていたスカイウェイについても、市でも建設するように方針が変わってきている。市が建設を予定しているのは第五通り駐車場から第四通り駐車場のスカイウェイである。また、これらに中心部と接続するルートについてはまだ確定しておらず、選択の余地を与えている。
 一方、駐車場を結ぶための建設費については、それまでは全て民間資本によって行なわれてきたのであるが、この時点ではそれが少し変わり、連邦都市援助基金の補助制度が設定されたため、それにかかる費用の76%まで公共側が負担することになった。さらに、この連邦都市援助基金は第三駐車場からダウンタウン中心部までの通りを跨ぐスカイウェイについても適用される。駐車場は、数カ所の選択可能ルートによって中心部と結ばれ、市は第七と第八通りの間でスカイウェイを建設する予定である。
 この図では、それぞれに2つの選択可能な交差のある3つの通路系統が示されている。それぞれの通路系統のルートはまだ確定されているわけでなくて、後にどちらかに決定されることになる2つの交差ルートが示されていて、この時点では、まだ選択の余地が与えられている。最初の通路系統は図−6の一番北側に位置するもので、そのルートはワシントンと大通りと第三通りの間ものと第三と第四通りの間のものであり、それぞれ3Nと3Sと名称が付けられている。2つ目の通路系統は第四と第五通りの間のものと第五と第六通りの間のもので、4Nと4Sとなっている。3つ目の通路系統は、第七と第八通りの間のものと第八と第九通りの間のものであり、同様に8Nと8Sという名称が付けられている。しかし、建設はそれぞれの通路系統の両方のルートが認められのではなく、ガイドラインに合致し、市議会の条件を満足したもので最初に申請されたものだけが許可されることになる。
 道路を交差する方法としては、必ずしもスカイウェイのブリッジだけではなく、地下に下がる方法も考えられる。第一大通りを交差する方法としてトンネル方式も検討項目には上がっていたが、それが例え技術的に可能であったとしても推奨されなかった。その理由としては次の3点が考えられている。

  @ 危険であること
  A 接続部分の高低レベルが、地下、グランドレベル、スカイウェイレベルとレベル差が大きく
    非常に不便である
  B トンネルはスカイウェイに比べて建設費が高い

 このような理由から、計画検討グループの多くの者がトンネル方式を採用することに大変抵抗を示したのである。

 
図−1 図−2
図−3 図−4
図−5 図−6
 

3.ダウンタウンの現在

 ミネアポリスのスカイウェイシステムはダウンタウンからできるかぎり車を締め出すように設計されており、そのためにダウンタウンの周辺に駐車場を多く設けるように計画されている。その駐車場とスカイウェイは接続され、車を駐車場に置いて人だけがスカイウェイを歩いてダウンタウンの中心部に移動するか、あるいは大量大衆輸送機関(バス)によって移動する。駐車場も長時間駐車場をダウンタウン周辺に設け、料金を安くし、その逆に、短時間駐車場をダウンタウン中心部に設けて、料金を高くするというように料金格差をつけて出来る限りダウンタウン周辺に車を駐車して中心部には車を入れないように仕向けている。しかし、このような方法は別な問題を引き起こす。スカイウェイを計画した大きな理由はダウンタウンの活性化にあった筈である。このような短時間駐車場は、ダウンタウンの中心部で一日かけて買物をしようという人達を来づらいくする結果をもたらす。そこで、市はこのような短時間駐車区域であっても長時間駐車が必要とする場合には許可を与えて長時間駐車を認めるという処置をとっている。我々が市を訪問している間にも許可を得るため申請に来ていた人がいた。
 現段階でのスカイウェイシステムは図−1のようにネットワーク化されており32ブロックが34のブリッジで結ばれている。ニコレットモールに隣接しているIDSセンターを中心に第一ナショナル銀行とドナルドソンデパートの間のネットワークは環状になっており、歩行者にとっては大変便利で快適な空間となっている。このミネアポリスのスカイウェイシステムはカルガリーのそれとは異なり、平面の基本パターン(図−2)が無いためそれぞれまちまちの平面形態を採用している。ブリッジについても同様のことが言える。フレーム構造、形、色とそれぞれ異なっている(写−1、2、3、4、5、6)。ブリッジの内部空間は、最近のものは幅が広く、床にはジュウタンが敷かれており大変快適な感じを受ける(写−7)。このブリッジは内部にトラスの部材が目立って邪魔な感じがするが写−8のように壁のガラス部分の面積の多いものも多く見られた。しかし、一方、古い建物と結ばれるような場合には写−9のように幅の狭いものも見られる。要所要所には室内オープンスペースやアトリウムが設けられ、特にIDSセンターのクリスタル広場(写−10)やシティーセンター(写−11)は印象的である。
 ミネアポリスのスカイウェイの特徴はブリッジの建物との接続部分である。カナダのカルガリーも大規模なスカイウェイシステム、別名プラス15システムは大変有名であるが、カルガリーの場合はほとんどの建物が再開発か建て替え時期にスカイウェイを同時に建設されている。従って、全体的にはシステムが統一され、ブリッジ接続にはそれほど問題を生じさせていない。しかし、ミネアポリスの場合は、中心部における新しい建物を除いては既設の古い建物とブリッジを結ばなければならないため難しい問題が多く生じる。

 
図−7 図−8
 
写−1 写−2
   
写−3 写−4
   
写−5 写−6
   
写−7 写−8
   
写−9 写−10
 
写−11
 

 @ ブリッジ荷重をどのように分担させるか

 新築建物については、ブリッジを接続する場合、設計の段階にそれを組み込めば問題はないが、既設の建物と接続する場合は処理方法を検討する必要がある。例えば写−12のように、ニコレットモールを跨いでIDSセンター(写真左側)とデイトンズデパート(写真右側)が結ばれているブリッジの場合、IDSセンター側(写−13)は問題はない。しかし、デイトンズデパート側はブリッジ荷重をすべて既設デパート側で負担できないために写−14、15のようにデパートの外側に柱を独立させて建設している。このような例はこのミネアポリスでは数多く見られる。写−16の場合は既設の建物の柱スパンが小さいためにブリッジの中に柱をそのまま残して接続されたものであり、写−17、18、19についてはプレートガーター形式の下路形式で既設建物と接続しようとしている工事中の例である。また、写−20、21は既設建物の横に増築部分を増設してこれに接続部分を組み込んだ例である。
 ブリッジは原則的には直角に接続される方が構造的には有利な点が多いが、写−22、23のように斜めに接続されているものや写−24のように長スパンのものも見られた。

 
写−12 写−13
 
写−14 写−15 写−16
 
写−17 写−18
 
写−19 写−20
  
写−21 写−22
 
写−23 写−24
 

 A 既設建物フロアーをどのように改造するか

 @のブリッジの接続については構造的な問題であり外観の見映えを除けば技術的には可能である。しかし、それまで、ブリッジの接続なしに配列されていたフロアーが、ブリッジの接続によってフロアー内部に新しく Walkwayを造らなければならなくなる。写−25はその一例で、改造後の平面図は写−26のとおりである。下の方の三角の青い部分に新しくスカイウェイのブリッジが接続されている(写−27)。既設の柱を取り除くことはできないため、Walkway の中にその柱を残したまま改造された例である。このケースはデパートの売り場であるためにまだ何んとかなっているのであるが、写−28、29のように既設建物がデパートでない場合には、大きな改造は難しく既設の廊下をそのまま利用する形態をとらざるをえない。従って、Walkway の幅は狭くなり、また、窓の無い状態となり、暗くて迷路的にならざるをえない。このことはセキュリティーの面で非常に大きな問題となる。 

 
写−25 写−26
写−27 写−28
 
写−29
 

 B 階高の差をどのように調整するのか

 カナダのカルガリーの場合とは異なり、スカイウェイ設計基準が出来る前から建っている既設の建物と接続する場合には、階高の差をどこかで調整しなければならない(もちろんカルガリーにおいても起こりうることではあるが、ミネアポリスの場合は多く見られた)。若干の差であればブリッジそのものでも調整はできる。写−30や写−31のように逆にその差をデザインに取り入れている例もある。しかし、ブリッジ内で調整が取れない場合には、写−32や写−33のように低い側の建物に階段を設けることによって調整せざるをえない。このように階段での調整を余技なくされるケースでは、これによって他の問題を発生させる。

  a)車椅子を使用する者がスカイウェイを利用しづらくなる
  b)災害時の避難が非常に難しくなる。

 車椅子使用者に対しては段差の大きい部分では、写−34のように階段の横に車椅子専用リフトが設置されているが、災害時に、はたしてこれらが使用可能なのだろうかという疑問が湧いてくる。日本でミネアポリスの例のような方法でスカイウェイを実施する場合、今述べたAの場合のような迷路の問題やBのような避難時対策の問題をクリアーすることは大変に難しく、国による考え方の違いを感ぜざるをえない。

 ミネアポリスのスカイウェイは上記のように暗い面も確かにあるが、既設の建物が多いという条件の基でこれほどまでにスカイウェイのネットワークが成功したところはない。我々が視察した時期は通常なら雪で覆われているはずであるが、この時期はたまたま異常気象であり雪がほとんどなかった。しかし、スカイウェイシステムの誕生のきっかけとなったニコレットモールを歩いていると風が強く、また、その風も大変冷たかった。このような状態で外に長時間いるとスカイウェイの価値は大変高いことが実感させられる。

 
写−30 写−31
 
写−32 写−33 写−34
 

4.原則と基準

 ミネアポリスのスカイウェイブリッジ設計基準の主なものは次の9点である。

 @ 通路幅は最低12フィート(約3.7m)であること
    (但し、駐車場に連結する場合は20フィート(約6.1m)以上であること)
 A 内法高さは最低8フィート(2.4m)であること
 B 暖房・空調を行い十分な照明を施すこと
 C 出来る限りガラスを使用すること
 D 中庭や室内通路を設けて、グランドレベルとの有機的な結合を図ること
 E 室内通路にオープンスペースを配置すること
 F 標識を要所要所に配置すること
 G 街路から直接つながる場合は入口の表示をすること
 H 出来る限り地表レベルとの機能分担を図ること

 なお、これらの内容を受けてさらに細かな指針が作られており、その主な項目は次の5点である

      @ 連続性
      A 利便性
      B 安全性
      C 快適性
      D 娯楽性

5.財源

 スカイウェイを単なるブリッジだけで終わらせるのではなくネットワークまで達成するためには大きな財源が必要となる。しかし、メネアポリスの場合、ダウンタウンの中心部のスカイウェイ建設はほとんど民間によって行なわれて来た。公共、いわゆるミネアポリス市はスカイウェイを進めるに当たって、建設以外の面で積極的に協力し、「公共と民間のパートナー・シップ」とまで言われるほどになった。中心部の活力のある地域においてはスカイウェイを造るために必要な費用を取り戻すだけの費用効果はある。しかし、周辺部の低密度の部分にまで広げる場合、それらの費用を全て民間で賄わせるには自ずと無理が生じて来る。スカイウェイの導入の目的はダウンタウン全体をネットワークすることであって中心部だけではない。そこでそれを推進するための財源を何らかの方法で作る必要がある。今後、スカイウェイを推進するために必要とする資金の使い道としては次の3点である。

    @ ブリッジの建設費
    A 既設建物等の改造費
    B 維持管理費

 一方、資金源として考えられるのは次の3点である。

    @ 連邦政府からの補助金
    A 再開発後の固定資産税の増額分
    B 市がブリッジを建設によって恩恵を被ったところから徴収する受益課税金

 @については可能性としては低く、A、Bを十分検討する必要がある。市はBによる資金をブリッジ等の建設資金に、又、Aによる資金を維持管理費に当てようと考えている。カナダのカルガリーでもやはり現実の問題として、スカイウエイシステムネットワークを実現していくためには資金源も大きく取り上げられている。カルガリーの場合は最初の段階からミネアポリスにおけるBの受益課税金と同様の資金源として「プラス15建設分担金規定」(カルガリーのスカイウェイシステムは別名プラス15とも言う)を設けスカイウェイネットワークを作ることによって得た恩恵として、それに関連する建築主から分担金を徴収している。この徴収された資金でプラス15基金が設けられプラス15の拡大のための資金源として使われる。しかし、このプラス15基金だけではプラス15拡大のための資金を全て賄うことが難しいことから、カルガリーではプラス15を推進するために、容積率のボーナス制度を併用することにより、出来る限りブリッジやLane Linksの建設を民間に建設させようというアイデアを打ち出している。これは、スカイウェイシステムの推進に大きく貢献したのであるが、その逆にダウンタウン中心部の異常なまでの高層化となった。
 ミネアポリスの場合、スカイウェイの建設は民間が行なうということで進められ、結果として、現在までほとんど民間の手で行なわれて来た。しかし、今後、このネットワークをさらにダウンタウンの周辺部まで発展させるためには、費用効果だけで民間に頼ることは大変難しいと言わざるをえない。従って、上記のような新しい資金源を考える必要がある。

 
 

6.セントポールスカウェイシステム

 ミネアポリスと双子都市の関係にあるセントポール市でもミネアポリス同様に33ブロック39ブリッジでスカイウェイネットワークが形成されている。図−3にそのダウンタウンの状態を示す。

 
図−9
 
 この街も、ミネアポリスと同様に既設の古い建物に後からブリッジが接続されて形成されたものであり、Walkway が迷路状態になっているところが多く見られ、防犯面での問題が起こることが考えられる(写−35、36)。
 ミネアポリスと大きく異なる点はブリッジのデザインをほとんど全て統一しているという点である。例えば、写−37、38のようにフィーレンディール構造で造られ、幅、高さ、色まで統一されている。しかし、最近の建物に接続されるブリッジは写−39、40のように非常に広く造られている。また、これに続く建物もミネアポリスを意識してか写−41のように屋根をガラスにするとか、吹抜け(写−42)をふんだんに取り入れたり、カルガリーでよく見られた写−43、44のように屋内公園、あるいは、写−45、46、47、48のように屋外の公園をそのままそっくり屋内に持ってきて、スカイウェイによって人をこちらの建物に導こうとしている意図が読み取れる。この街もミネアポリスと同様に風が非常に強く、外をこの時期に歩くには快適とは程遠く、不快感を覚える。こういう状態の中で外套無しに歩けるスカイウェイシステムネットワークを造るということは市民にとっては必然的な要望であると言えるであろう。
 
写−35 写−36
   
写−37 写−38
   
写−39 写−40
   
写−41 写−42
   
写−43 写−44
   
写−45 写−46
   
写−47 写−48