これまでに至った経緯 |
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この活動への始まりは、今から10数年前に遡る
私は、建築の技術屋。同じ建築技術屋2人を加え3人で、これからの道庁の建築行政について話している中で、「何か間違っているのではないか」「どこかがおかしい」という疑問から、数人の仲間を集めて勉強会をしようということになった。「うるおいのあるまちづくり研究会」の始まりである。 |
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「うるおいのあるまちづくり研究会」の発足 |
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私がこの研究会に入るきっかけをお話ししますと、元々は住宅都市部という技術屋の集団の中で、私も建築屋という技術職ですが、街を造るというハードを中心に開発を促進してきたわけです。確かに街を造るためには、道路、公園、下水道、建物といったハードは必要なことは事実です。しかし、それがいつの間にか、いや、最初の段階からかもしれないのですが、物を造るということが目的化しているように感じてくるわけです。そういう中にいると自分がやっていることは何か変だと疑問を持つようになってきます。特に私は建築屋ですから上司から与えられた条件の中で最大限良いものを造ろう努力してきました。ただ、造るだけではなく公共建築物であるならば周辺に良い影響を与えるような建物を造る。これが意味するのは、それを利用する人たちのことも考えた、いわゆる、ソフト部分を十分に考慮したものを造るということです。
与えられた条件の中で最大限努力することは当然のことかもしれません。しかし、良く考えてみますと、与えられる条件そのものに問題はないのでしょうか? その地域のその地区になぜ公共建築物が必要なのでしょうか? という根本的な問題が充分検討されてきているのだろうかという疑問が生じてくるわけです。
他の部署に異動しても、例えば、都市計画課、都市整備課、何かが物足りない、何かが欠けています。そんな思いから、部の中の数名で「うるおいのあるまちづくり研究会」という北海道自治研修所主催の自主研究グループを立ち上げたわけです。グループで勉強会をしているなかで、研究会の方向性と進め方についても話し合ってきました。「まちづくり」の中のハード部分についてはこれまでもやってきていることから、ソフト部門の「まちづくり」についてその道の人に話しを聞くことからスタートしたわけです。 |
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「政策型思考研究会」の発足 |
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その最初の講師に森先生を招いたことから、この研究会グループは森先生と一緒に考える機会が多くなりました。そのうちに森先生が、松下圭一先生の「政策型思考と政治」の本をテキストに月1回周辺市町村の人たちと一緒に勉強していこうということになり、「うるおいのあるまちづくり研究会」全員がその研究会に加わることになりました。「うるおいのあるまちづくり研究会」はまだ存在していますが、事実上吸収された形になってしまいました。
この研究会は、松下圭一先生の「政策型思考と政治」をテキストにしています。最初の印象はなぜこの本はこんなに難しく表現しなければならないのだろうか? 技術屋である私にとっては、この本は大変難しく感じました。最後を終わるまで感じました。
毎月1章毎に勉強するわけですが、約20ページを何度読んでも分からない、理解できないという状態が続き現在に至っています。森先生は東京の主婦の間では、「この本はものすごく分かりやすい本である」と言っていると言いますが、その言葉を聞くたびにどうしてこの本が分かり易い本なのかと思って悩んでいたことを思い出します。
最初の段階では毎月何人かのグループをつくり、その人たちがその1章の内容についてのプレゼンテーターとなり、論点を戦わすという方法を繰り返していました。私たち「うるおいのあるまちづくり研究会」グループもそのプレゼンテーターとなり、話しを進めることになったわけですが、そんな簡単に引き受けて論点を戦わすという優しいものではありませんでした。本の中に書かれている言葉の意味から理解し難いわけでありますから論点にまで持っていくということは並大抵ではありません。そこで我々のグループは、発表をする一週間前に予備討論会、疑似討論会をすることにしたわけです。皆んながそれぞれその章を読んでくる。その中で分からない言葉、考え方、表現などを仲間だけでさらけ出すことから始まりました。元々同じグループの仲間であるため、どんなことを言っても恥ずかしくはない。話しをしてみるとやはり言葉の捉え方がそれぞれ異なりました。その話しの中から、また自分自身に戻って考えていくと、本番の時は自分に多少ゆとりが出てくることから、仲間が発表しているところに相打ちの言葉も出せるようになり、少しはリラックス出来ました。
技術屋の私たちにとっては、この分野の勉強会の内容は、職場あるいは周りの人たちとは話す機会はほとんどありません。それだけに、難しいけれどもがんばって理解してみようという気持ちでやってきました。なぜ、こんな難しいことをあえて勉強しなければならないのでしょうか? もっと他のことをやってみたいと思う時期もありました。もし、自分一人だけでこの研究会に入っていたら、こんなに続かなかったのかもしれません。やはり、仲間の影響が大きいかもしれません。 |
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政策思考型研究会参加における実践の試み |
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政策思考型研究会に参加してから、辛いけれども続けているうちに自分の世界観が広がってきたことを感じないわけにはいきません。地方自治を真剣に考える市町村の職員。毎月1回なのですが、多くの人たちが札幌以外の遠くから駆けつけてくれます。なぜこんなに皆んな真剣なんだろうとさえ思った時もありました。討論をしていくうちに広域自治体としての役割がほとんど無いということが分かってきました。しかし、現実には、広域自治体としての北海道庁は国と市町村の間にあって、市町村に対しては大きな権限や指示を行っています。その現実とこの研究会での討論とのギャップが大きいため、職場に戻ると自分の口から自然に溜息が出てしまいます。 |
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住環境シンポジュウムでの新しい試み |
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この研究会で討論したことを現実の中で生かせないだろうか? 「小さいことでもやはり実践していくことだ」との思いから、自分の仕事の中で実践することにしたわけです。
2年半前の当時は、都市整備課という部署におりましたが、ハードを行う部署のなかで、「きたぐに住宅地」というソフト部門も取り込んだ住宅地の開発のあり方を本にまとめていた時でした。その後の展開としてシンポジュウムを考えていました。最近、シンポジュウムは大変多く、その内容につきましてもパターンが決まっています。パネルディスカッションを行うと、パネラーが2回りくらい話すと時間が無くなり、それで終了というものです。形式化し、ワンパターン化しているのが今までのやり方でした。そのやり方が全て悪いことではありませんし、シンポジュウムはやらないよりはやった方がいいことも事実です。
小さな試みですが、シンポジュウムの形式を変えてみることにしたわけです。これは、森先生の提案でもありました。パネラーを選ぶことから始まりますがこの中に行政側の人を加えなければならないテーマであり、また、行政が主催しているシンポジュウムに関係者を通常は加えます。行政の人が加わった場合、通常のパネルディスカッションなら、あらかじめパネラーが話す原稿を職員の誰かが書いてそれを話せば済むのですが、新しい試みは、あらかじめ原稿は持って来ないでディスカッションの中で自由に話す形式です。森先生の考えから、討論の時間は真剣勝負でやりましょうということになりました。
このフリーディスカッションは、パネラーが積極的に他のパネラーに話しかけたり、その逆に答えなければなりませんので、何が言われるか分からないという不安が付きまといます。そのようなテーマに精通していて討論に慣れている人にとっては難しくないのでありますが、特に行政のように何年かで部署が変わるような人にとりましては、その部署に精通していませんからフリートーキングで質問が飛んでくると辛いものがあります。
また、フリートーキングでは結論が見えないわけですから、通常主催する行政としましてはいやがります。
会場の構成も従来のパネルディスカッションとは異なり、テーマにあったように家の中で話しているという設定をしました。
結果的には大変面白い雰囲気で展開し、参加した人たちも大変満足していたようです。
小さい試みではありましたが、これもこの研究会を通して学んだ成果として実践した一例です。 |
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住環境セミワークショップの試み |
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住環境シンポジュウムは新しい試みとして自分では成功したと思います。この試みは2年目にも違った試みで実施する予定でした。しかし、行政の組織はそんなに自由にやらせてくれるものではありません。上司が変わると自ずと方向が変わります。これは行政組織の宿命かもしれません。
一度は、通常のシナリオで了解してもらって進むことにしたのですが、これでは行政の中が何も変わりません。上司を説得することにしました。表向きは通常のシナリオですが中身は新しい試みを含んだシナリオに修正しながら説得を続けることにしたわけです。強引に進むと上司の反対がまともに来てしまい、全てを中止にされてしまいます。折衷案でいながら新しい試みに挑戦することにしました。
ワークショップという試みです。民間のレベルでは、あるいは、東京周辺のまちでは以前から行われているのですが、北海道の市町村ではあまり行われておりません。何故なのでありましょうか? これまでの行政の手法では、ワークショップ手法は向かないのです。これまでの行政の考え方は、政策を国が考え、その政策に従って市町村は執行してきたのです。その執行に当たっては、行政が行うことが絶対無謬であり、いろいろな分野の人たちを集めて議論し、方向を導き出してゆくとうやり方は受け入れずらいのです。
北海道の「まちづくり」を進めてゆくためには、基礎自治体がその地域の事務局になって市民を含めて地方自治を行っていかなければなりません。 |
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北海道自治体学会、土曜講座への参加 |
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この研究会を行って間もなく北海道自治体学会が創設され、その第1回目の学会がニセコで開催されました。この研究会のメンバーのほとんどが学会の主要メンバーになっていることもあり、自然に参加することになりました。
この研究会に参加しているといろいろな情報が入ってきます。土曜講座というのがサマーセミナーも含めると年に6回開催されています。土曜日に札幌から遠く離れたところから休みをつぶして聞きにくるわけです。今年で3年目になりますが、昨年から私は参加することになりました。ここでは熱心な市町村職員や議員さんや一般市民も参加して地方自治についての勉強会や交流会を行っているのです。特にサマーセミナーでは朝まで討論をしています。実に熱心な自治体職員が多くいることが分かりました。昨年は800人以上の人たちが参加し、会場の北大では入らないくらい盛り上がってきています。このような熱心な市町村職員が増えれば北海道は間違いなく変わっていくと感じます。同時に感じたことは、広域自治体職員である北海道庁の職員の参加が少ないことです。
北海道職員がもっと増えれば北海道は変わるのですが非常に残念です |
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道庁内でNPO活動推進検討プロジェクトへの参加 |
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道庁内に公募によるの一般職員も含めたプロジェクトを初めて行いました。先駆的自治体や民間のレベルでは、このようなことは何も驚くことではないのですが、巨大な組織である道庁としては画期的なことなのです。
プロジェクトは2つありましたが、NPO活動推進検討プロジェクトには、この研究会のメンバーから4人が加わりました。全体で15人くらい。そのうち半分は職席で参加した職員、残りの一般公募職員の内の半分以上がこの研究会に参加しているメンバーです。
プロジェクトの方向性や進め方も最初は決まっていませんでした。4人が同じ研究会に参加していることから、プロジェクトの進め方にしても主導権を握ることができました。新しい試みもどんどん取り入れて進めていきました。日頃の研究会の成果が実践で現れてきています。
その成果はまだ表には現れませんが、道庁内では成功しているものとして扱われているようです。政策室で初めて試みた一般職員参加方式のプロジェクトがうまくいかなければ次の段階に進みません。最初の試みの評価が大変重要になるわけです。その点では4人が参加し、プロジェクトを成功させた点はこれからの道庁改革にとりましては大きな価値があると考えます。
プロジェクトは今年度も4つのプロジェクトが考えられていまして、一般職員の参加も採用することになっています。他のプロジェクトも我々が参加したプロジェクトと同様に、もし、成功すれば道庁の職員の意識が大きく変えるきっかけになる可能性を含んでいると言えます。 |
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田村明先生との「フォーラムまちづくりについて考える」の実践 |
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北海道自治体学会の第2回目のフォーラムが白老町で開催され、基調講演の講師として田村明先生が北海道に来られました。そのフォーラムに私も参加しておりました。また、東京で田村先生の研究会がありましたので、私も参加した時、今度また北海道に行くことになっているということをお話されましたので、来るときは札幌に寄って下さいということを言いましたところ、寄って下さることになりました。
この研究会のメンバーに話しをし、フォーラム「まちづくりを考える」を行うことにしました。
この時も新しい試みをしようということになりました。フォーラムとなれば、通常は先生の基調講演を行い、その後質問をして終わりです。この時は、「まちづくり」についていろいろな分野の人たちで議論をしてもらい、途中から田村先生に加わってもらうという形式をとりました。人数が多かったせいもあり、進行は大変難しいのでありましたが、田村先生をお招きしたことにより、それをきっかけとしまして、道庁職員、市町村職員、民間コンサル、議員さん、一般市民、学生といろいろな分野の人たちが一堂に集まって議論したということは大変意義深いものがありました。
このような企画が出来たのも、この研究会に参加していたからではないかと思います。
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松下先生との出会い |
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松下先生と初めて近くでお目見えしたのは、この研究会が始まった間もなくの時でした。札幌に別の件で来られた時に、夜に先生のお話を聞くということになりました。
「政策型思考と政治」という難しい本を書かれているので、お話は大変難しいのかなと思っていたのですが、大変優しく分かり易く話されていたのが印象に残っています。
先駆自治体といねむり自治体の話し、「まちづくり」の指標としての下水道普及率の話し、3つの政府と基礎自治体、広域自治体、国の政策の流れの話し、シビル・ミニマムや市民と住民の違いの話しなどをされていました。
次にお会いしたのは、第1回北海道自治体学会フォーラムを北星短大で行ったときです。この前の日にこの研究会のメンバーも一緒に懇親会に参加したのですが、先生のそばでお話した時、私は建築屋ですから建物のお話をした覚えがあります。先生は北海道の家の窓枠がまだ木製であることに驚いていまして、「何故アルミサッシュにしないのですか」と言われましたので、「木製サッシュの方が断熱性能が優れているんですよ」と答えたことを思い出します。
その次にお会いしましたのは、小樽に来られた時です。運河沿いの倉庫を改造して地ビールを始めたそのレストランの2階でお話をされた時です。この時は、この研究会のメンバーは最近先生が書かれ岩波新書から出版されている「日本の自治・分権」を読んできて先生に質問することにしておりました。私も質問をした覚えがあります。分権が始まると、機関委任事務が市町村に降りてきます。しかしこの時財源も同時に降りなければ本当の分権にはなりません。財源の問題はうまくいっていないという話しをされておりました。本来は国が一度吸い上げたものを補助金や交付金という形で地方におろして来るのであるが、ここに権力が働き、また、地方自治体はその財源を自由に使えない。最初から自由に使えるように地方自治体に財源を自動的に配分すべきである。ただ、地方に戻す時に人口比だけで配分するのではなく、土地の面積や地方の特性も考慮して自動的に配分するようにすべきであると言われておりました。
また、わたしは、広域自治体の役割についても聞きました。分権が進めば、基礎自治体の役割は大変重要でありますが、広域自治体の役割は段々と無くなってくる。どのような役割があるのであろうかと質問したのですが、広域自治体の役割が全くなくなることはない。必ず何かはあるはずだと言われておりました。
最近では、憲法制定50年を記念して小樽で講演された時、その前日の日曜日に札幌に来て北大の法学部で神原先生と対談された時に、この研究会のメンバーがスタッフとなって協力したときでありました。
このように振り返りますと、この研究会と松下先生とはやはり深い関係があることと、この研究会のメンバーのそれぞれの行動はこの2年半の間に間違いなく変化していることが分かります。 |
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最近の一年を振り返って |
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この感想文を書いたのは今から一年前になります。今、再び読み直してみると、この一年でいろんなことが変わっていることに気づきます。
北海道自治体学会や土曜講座はますます活発になっています。道庁の有志から始まった未来セミナーについても、市町村職員や市民を交えて、道庁と市町村や道民との関わり合いなどについて真剣に討論を繰り返し、手作りの報告書を道庁幹部職員や道議会議員に送りました。
また、この未来セミナーから生まれた実践派グループによる、赤煉瓦庁舎、前庭、道庁1階ホールの有効利用を考える「Gウオッチング」は、市民によるワークショップを8回繰り返して、報告書、提案書を作成し、道庁関係者に送り込んでいます。新聞にも数回取り上げられました。
NPO活動推進検討プロジェクトについても、報告書をまとめると同時に、地方でのフォーラムを開催したり、NPO支援条例案を提示するなど積極的な活動を繰り返し、新聞等でも取り上げられました。
田村明先生が今年の1月に札幌に来られた時も、「分権時代のまちづくりを考える」〜市民の果たすべき役割〜 と題して3人による鼎談を仲間で開きました。
というわけで、この一年の間にもいろんな活動が起こり、これらに賛同する仲間も着実に増えています。
私個人にとっても大きな変化の一年でありました。つい最近、職場の上司と意見、考え方が合わなくなり、私の心が爆発してしまいました。結果的には、仲間の人たちから助けられ、現在まだ道庁職員でいます。
上司は典型的な「制度型人間」なのです。道職員として何かを行動する場合、法律のどこにそれが書いてあるとか、通達にあるのか? など、道庁として道民あるいは市町村に何をなすべきかを自分で考えるのではなくて、上部官庁に伺いをかける。自分で自ら考えることが、今、求められているわけですが、国の役人がどう言っているとか、通達にどう書いてあるとか、他人を頼って行動する人なのです。上辺だけはさも一生懸命やっているようなそぶりをするわけですが、実際は何も行動しません。口が非常に達者です。何でも口でごまかそうとする人なのです。
地方分権型社会は、道庁と市町村は対等な立場になるわけですが、上辺では対等だと言いながら実際は指導するという従来の考え方から抜け出ていないのです。
道の都市計画課は「市町村都市計画マスタープラン」づくりにおいて、「みんなでつくろう まちの計画」という市町村が自らマスタープランをつくる時の参考となる、画一的なマニュアルではない指針をつくったのですが、その中に住民(市民)参加、住民(市民)主体という言葉を意識して重点的に取り上げたわけです。これをつくる時には、課の職員全員で何度も何度も議論を繰り返しながらつくり上げたものです。これからの社会は住民(市民)が主体となって築き上げなければならないという気持ちで書き込んだものです。それを、異動により替わった上司は、「何が住民だ、市民だ」、「住民なんて勝手だからな」というような言葉で話すのです。それが最初から最後までその調子の言い方なら私も諦めます。しかし、議員さんやその上司より上の上司に対しては、さも自分が手柄を建てたかのように、「これからの社会は住民参加の時代ですよ」というような言い方をするわけです。「政策型思考人間」ではなく、典型的な「制度型人間」であり、かつ、外部の市民と接していない「行政内部型人間」なのです。
さらに、他の上司は、異動の人事権をちらつかせながら、「市町村と付き合うゴルフは仕事だが、NPO活動は趣味だ、そんなに趣味をしたいなら辞めたらどうだ」とも言います。本来なら、外部の市民活動に対して支援すべきだと思うのですが。
このようなことを言う上司がいるなら、道庁の未来はないのではないかとさえ思えてきます。一体、この巨大な組織を建て直すにはどうしたらいいのでしょうか? この本で学んだことを実践していくような仲間を多く増やすことだろうと思います。
今、私の頭の中はスッキリしています。仕事は残念ながらもの足りないのですが、自分が思っていることは何でも行動出来る心境です。いろんなことがありましたが、今の自分の行動は、この本から学んだ影響が大きいと思います。
といういろいろな勉強会を重ねてきたが、何か足りない、どこかに不満が残ってしまう。勉強会を進めるのは良いことであるが、勉強会の目的は勉強会そのものではない。勉強会に集まった者たちが描いている地域社会に変えていくことではなかったのか。この10数年、確かに社会や周りの環境は変ってきた。しかし、その変わり方は、私が想像していたよりはるかに遅いスピードに思えてくる。
このように思い始めたのは、勉強会を始めて5年間が経過したころからである。実践して目に見える形にしていかなければならない。勉強会の成果を実践に移さなければ、という思いがつのるばかりであった。
大きな組織のシステムを変えるのは並大抵のものではないあ。いりいろ目に見えない圧力が掛かる。
私は、昔からIT関係や発明などの今までに無いものを創造することに興味があった。そこで、これまでの勉強会の成果の実践の一つとしてIT自主自律化への挑戦として考えたものである。
これを契機にいろいろな人達から実践その2、その3が生まれることを期待したい。 |